top of page

 街を歩けばロボットが「おはよう」と挨拶をする。わたしにとっては見なれた光景。けれど、お母さんやお父さんたちの世代の人は戸惑うことが多いようだ。

 ロボットたちは、とっても親切。重い荷物を持ったおばあちゃんを助けたり、ちっちゃな子供たちと遊んであげたりする。理想的な好青年そのものだ。生身の男の大半がロボットに負けてると思う。

 ただ、かれらロボットは人間とすこし違う部分がある。いや、だいぶ違う。同じ人型ではあるんだけど、その大きさに決定的な差がある。女子高校生の平均的な身長を持つわたしと並べたら、一目瞭然。二倍や三倍もあるのだ。

 そのせいなのか、近くで見るとすごい威圧感がある。両親が戸惑うのもこれが一因だと思う。わたしだって子供の頃は、その姿を見ただけで泣いてしまった記憶がある。でもいまは、肩に乗せてよって頼んじゃうくらいには慣れてしまった。

 それと、ロボットたちは体がちょっとごつい。もう少し、スタイルの良いロボットは作ってくれないのだろうか? もしかしたら目の保養にもなるんじゃないのかな? 制作している人たちにはもう少しデザインにもこだわって欲しいと思う今日この頃。

 わたしは、捨てロボットに出会いました。

 

 

 事の発端はなんだったか?

 そう、友達から妙な噂を聞いたことがはじまりだ。ロボットが街を徘徊する現在でも、ちょっとした心霊話しには飛びついてしまう。特にわたしはその手の話題が大好物だ。

 噂の内容はというと、近所のスクラップ置き場では深夜の誰もいない時間帯に声が聞こえてくる、というものだった。わりとよく聞くタイプの話だ。

 わたしが「よし、確かめてやろう!」と言ったら、クラスメイトと全員で肝試しをすることになった。しかも即日で。テンションが上がってしまったわたしは思わず、「クラスにこれだけの影響を与えてしまう、わたしが一番こわい!」と冗談で発言してみた。そしたら、「おう、そうだな」「それなら、お前は一人で行ってきていいよ」「さよなら、忘れないよ」と散々なことを言われたので全力で謝った。

 さすがに一人じゃ怖いの。

 そんなこんなでその日の夜、みんなでこっそりとスクラップ置き場の前にまでやってきたのだ。けっこうな大所帯になってしまったが、人通りが少ないからそこまで気を配る必要はなかった。深夜ともなれば、なおさらだ。

 くじ引きでペアを決めるとわたしだけが余った。しかも、どこの組にも入れて貰えない。震える声で「おい、どういうことだ」と言ったら、「いや、狙ったわけじゃないんだ」「でも言いだしっぺだから仕方ない」「がんばれ、さよなら」と返ってきた。

 見え透いた罠にあえてかかり、それを突破してやろうという気分になったのも、深夜だったからだろう。わたしはちょっと怒ったフリをして、「いいぜ! やってやんよ!」と意気込んだ。ホントは、めちゃくちゃ怖かったけど。

 そして順番を決めた。当然、これもくじ引きでだ。わたしが一番手になった。

 こいつら、どれだけわたしを恨んでるんだと、すこし心配になった。でも、クラスメイトたちの表情はとても愉快そうだった。憎たらしいその笑顔を見ていると闘志に火がついた。こうなってしまったら、わたしの歩みは誰にも止められない。やってやるさ!

 まぁ、誰も止めてはくれないだろうけれど。

 スクラップ置き場は夜の十二時を過ぎると誰もいなくなる。明かりも消されて真っ暗だ。出入り口である門には鍵がかかっているものの、複数人で協力すれば簡単に正面から侵入できてしまう。巡回のロボットだっていない。盗まれてもいいと思えるものしかないのだろうか? ずさんな管理だと、わたしにだってわかる。

 細くて短めのライトを口にくわえる。見下すようにそびえる門と塀をひと睨みしてから、私はクラスメイトたちに向かってうなずいた。

 男子が足場となって、わたしが門をよじ登った。一歩踏むたびに男どもが変な声を出したが、そこは無視。お前らにかまってる余裕はないんだよ、馬鹿野郎。

 門の高さは二メートルと少し。飛び降りるのはまた別の勇気がいる。なるべく足を地面に近づけようと、門にぶら下がる形をとった。目をつむって手を離す。すぐに足がジンとしたけど、思ったより華麗に着地できた気がした。スパイになった気分。ジャージ姿だったけど。

 門の錠をあける。クラスメイトの一人にやたらと詳しい奴がいたので、教わった通りにやったらちゃんとひらいた。同時にクラスメイトの喜ぶ声が聞こえた。というか、ここまで来て気付いたんだけど、この役目はわたしじゃなくても良かったよね?

 安堵する間もなく、わたしには次なる指令が与えられた。

 そう、ここからが肝試しの始まりである。くわえていたライトを握りしめた。

 クラスメイトたちの視線を一点に受け、わたしは踏み出した。

 スクラップ置き場の敷地は広い。いくつかの山があるのだ。まず、目の前には廃車のみで出来上がった山が一つ。ここで道が左右に分かれる。わたしは迷わず右を進んだ。特に何も考えていなかった。

 廃車の山の脇を通ると、新たな山が三つ見えてくる。横一列に並んだ、スクラップの山だ。電化製品などが多く見られたから、おそらくそれぞれの山である程度の分別はされているのだろう。一番左と真ん中の山の間に、トラック一台分の道があったので、わたしはそこに向かう。

 と、そこで妙なざわめきがわたしの耳にまで届いた。

 門の方からだった。おそらくクラスメイトがわたしを怖がらせようとしているのだろう。その手にはかからない。残念でした!

 山と山の間に差し掛かる。奥は開けた場所となっていて、壁際にスクラップが積まれている。どうやらロボットに関するスクラップがそこには集められているようだ。

 唇をかみしめて進んでいると、悲鳴が聞こえた。

 あいつら、大げさすぎ。なんて思ったのも束の間。

「ダレ……」

 悲鳴に続いてかすれた声が私の耳に届いたのだ。

「ダレ……ダレカ……ますか……」

 金切り声やら足音やらが聞こえたのだが、わたしにとってはどうでもいいことだった。

 足はすっかり震えあがってしまい、声も出ない。いつも以上に五感が鋭くなっているのだけはわかる。

「ダレカ……ダレカ……」

 抑揚のない、不自然な声は止まらない。わたしの妄想も止まらない。どうしようもない。

 気絶してしまえばいいのに、と思った。

「すみません……ダレカ……話し相手になってくれますか……?」

「ん?」

「すみません……ダレカ……お話を……お願いします……」

 なんとも間の抜けた内容だった。そこでようやく、わたしは正気に返った。

 ちょっとぎこちないが、足は動く。声のする方を探りながら、歩を進める。

 ひとしきり歩き回ったあと、わたしは声の主の位置を特定した。横一列に並んだスクラップの山の中で一番右側だ。電化製品とかがたくさん積み上げられた山。

 暗闇の中に赤い小さな光がチカチカと光っていた。

 ライトで照らして、ようく見る。

「まぶしい……アナタの顔が、よく見えません……」

 そこには錆だらけのみすぼらしいロボットが電化製品のスクラップに埋もれていた。寸動鍋みたいな頭と丸っこいデザインの上半身だけが見えていた。

 頭の右上になにか書いてある。錆だらけで読みづらい。爪でカリカリと削ってみたが、さっぱりよくわからない。

「それは、形式番号です。ワタクシの生まれた年も書いてあるのです」

 かれ、と呼んでいいのだろうか? それが本当なら、かれは数十年も昔のロボットだ。

「あなた、すごく古いタイプね」

「そうなのですか? 長い間、ここにおりますので……ワタクシがどれだけ古いのかがわかりません」

「へぇ、そんなに長くいるんだ。飽きない?」

「ええ、少々退屈でした。話す相手が欲しくて、先ほどのように声を出してはいるのですが……」

「だれも相手にしてくれないんでしょう?」

「ご明察です」

「そりゃそうよ。なんだって夜にしか声を出さないの?」

「昼間は充電に専念したいのです。ワタクシ、ソーラー発電式なのです」

「ふーん。ここ、日当たり悪そうだしね」

「ええ、その通りでございます。やりくりが大変でして……」

「でもね、夜に声を出すのはやめたほうがいいよ」

「なぜでしょう?」

「だって怖いもん。そんなことしてたら、そのうちだれも寄り付かなくなっちゃうよ」

「オォ……なんということでしょう……」

 夜のスクラップ置き場にあらわれる幽霊の正体。それは捨てられたロボットだと知った。クラスメイトはもう誰もいないようだ。真相を伝える相手なんかいない。おまけに、こんな有様では肝試しなんてものは当然中止だ。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。

 恐怖心なんてこれっぽっちもない。むしろ、面白いモノを見つけたとさえ感じていた。わたしはもう少し会話をしてみたかったが、さすがに疲れが出始めてきていた。かれとはいつだって会えることが分かった今、無理をする必要などない。むしろ、こんなところで眠りこけてしまったら、それこそ面倒なことになるだろう。サッサと帰ってしまうのが吉。

 でもそこで、わたしはハッとして気づいた。

「あっ、しまった!」

「どうしました?」

「一人じゃ、門を閉めて帰れない! 勝手に入ったことがばれる!」

 そうなると、警備が厳しくなる可能性が高い。今回のように出入りができなくなるだろう。

 これは由々しき事態だ。せっかく見つけた面白いモノと、もう会えなくなってしまうのだ。

 スクラップの山をよじ登って、塀を乗り越えようか? いやいや、こんな真っ暗な中では危なすぎる。

 どうしよう。わたしは唸りながら頭を抱えた。

「それならば、あちらへ」

 かれの右手が悲鳴を上げながら左奥を指し示した。錆だらけでボロボロでも、右手くらいなら動かせるようだ。

「あっちがなに?」

「あちらに小さな通り道があります」

「抜け道があるの?」

「ええ。ネコさんがよく通っていらっしゃいますよ」

「ちょっと! 猫とわたしを一緒にしないでよ!」

「ええ、あなたはニンゲンですよね? 七割の確率で女性と判断してますが……」

「そこは十割で女の子! 失礼でしょ!」

「すみません、声だけでは判断が難しいので……」

「とにかく! 猫の抜け道はわたしが通れるほどの大きさなの!?」

「わかりません。ワタクシ、動けませんので……確認は……」

 わたしがやれってね。

 とりあえず門の錠を閉めてから、わたしはロボットの言う抜け道のほうへと向かった。

 探せば、すぐに見つかった。壁に穴が空いている。たしかに猫ならすんなり通れるだろうけど……ハマったりしないよね?

 不安しかなくても、することは一つだ。汚れるのを覚悟で頭から通ってみた。ジャージが汚れても良いというわけではないが、それでもこの格好で良かったとは思う。女子としてどうなのかとは思うけれど。

 悪戦苦闘の末、なんとか通り抜けることが出来た。途中、お尻で引っかかった時はどうしようかと思った。

「おーい、通れたよー。ありがとー」

「どういたしましてー」

 遠くから呑気な返事が聞こえた。この声を初めて聞いたとき、ビビってしまったのがなんだか恥ずかしい。

「また来るからー」

「お待ちしていますー」

 帰りはギリギリで夜明け前。はしゃぎ過ぎたせいか体が重くて、ぐっすりと眠ってしまった。そのため、学校は盛大に遅刻してしまった。

 今でも思う。そういう肝試しだのなんだのは休日にやれ、と。

 まぁ、そんなこんなで、わたしはヘンテコな捨てロボットと出会えたのだ。

 今日もまた、わたしはかれに会いに行く。

 もちろん、ジャージ姿で。

 

 

 学校から帰ってきたら、すぐに寝る。お風呂も晩御飯も後回しにして、とにかく寝る。二十二時くらいに起きて、ご飯を一人で済ませる。お風呂に入って支度をすれば、だいたい十二時を過ぎてしまう。ちょうどいい時間だ。

 急に変わった生活リズムを両親に指摘されたけれど、「疲れてるから」の一言でなんとかごまかせた。

 家の中が静かになったらこっそりと家を出る。スクラップ置き場に着いたら、ハイハイで抜け道を通る。そしたらかれはすぐそこだ。

「こんばんは」

「こんばんは。今日もお元気そうで」

 挨拶を済ませたら、すぐ談笑に入る。それがわたしたちの間で当たり前となっていた。

 話す内容はいつもならかれが提供してくれる。こいつは質問が多いのだ。ひょっとすると、知的好奇心は人間よりあるのかもしれない。少なくとも、わたしよりはありそうだ。

 ただ今日は珍しく、わたしのほうから話題を切り出した。まぁ、そんな日だってあるよね。

「そういえばさ、ロボットって謎解きとかって出来るの?」

「わかりません。やってみたことがありませんので」

「なら、なぞなぞを一つ。大人のカエルはケロケロと鳴きます。では、カエルの子供はなんて鳴く?」

「オォ……まったくわかりません……」

「答えは『鳴きません』。カエルの子はオタマジャクシだからね」

「あぁ、なるほど。それはずるい」

「もう、頭が固いなぁ」

「はい。ワタクシの頭は鋼鉄でございますから」

「そういうことを言ってるんじゃないでしょうに」

 こんなやり取りが延々と続く。それがなぜだか楽しくてしょうがなかった。

 学校に友達がいないわけじゃない。両親と仲が悪いわけでもない。素行が悪くて先生に目を付けられてるとか、そんなことはない。でも同年代の人たちと話すより、いや、もしかしたら人と話すより、かれと話したほうが楽しい。不思議とそんな気分にさせられてしまう。ペットとかと接しているような感覚に近いのかな?

 あと、かれは話している途中で急にボーッとする時がある。それも愛嬌の一つだ。そして、それを見る頃には日が昇り始めている。

 ボーッとし始めるのは会話終了の合図となっていた。

「おーい。わたし、そろそろ帰っちゃうよ?」

「え? ああ、はい。お疲れ様でした」

「それじゃ! まった明日ー!」

「お待ちしていますー」

 かれはぎこちなく手を振る。ギィギィと耳にのこる響きはちょっと鳥肌が立ってしまうのだが、見送ってくれているのが分かるから安心する。

 そうやってわたしは日々を過ごす。これからも永遠に続くと感じた。

 壊れることのない歯車のように、かれとわたしの時間はゆっくりと回るのだ。

 

 

 深夜。わたしの歩く音だけが響いた。

 今日の月はいつも以上に大きい。スーパームーンとかいうヤツだ。かれは何か知っているだろうか? 会話のネタがまた増えたような気がして、うれしくなった。

 ハイハイで抜け道を通ったら、かれのところまで小走り。

「こんばんは」

 ちょっと息を切らしつつ、いつもの挨拶。だけど、かれからの返事がない。失礼と思いながらも、頭を軽く小突いてみる。コンコン。良い響き。

「おーい? 大丈夫?」

「……あぁ、すみません。いらしていたのですね」

「どうしたの? エコ運転中かな?」

「いえ……まぁ、そんなところです」

 珍しく歯切れの悪い回答だ。ちょっと不思議に思ったが、それでもわたしたちは談笑をはじめた。それがわたしたちにとっての当たり前だから。

 けれど、今日のかれの態度は変だ。ボーッとすることが多い。もしかして、機器の不調だろうか? わたしは不安でしかたなかった。思い切って聞いてみようか? でも、結果がこわいから切り出せずにいた。

「あの、唐突ですが、大事なお話があります」

「え? な、なによ?」

 咄嗟にわたしは身構えた。

 今までこんな話の振り方はされたことがない。

 こわかった。

「ワタクシ……そろそろ寿命のようです」

 言葉が出てこない。今のを聞かなかったことにして、このまま楽しい会話を続けていたい。でも、かれはお構いなしに話をつなげる。

「一番の問題としまして、データの処理が追いつきません。ワタクシ、旧式ですので容量がそこまで多くありません。と言いましても、原因は容量の問題だけではありません。このような場所で長らく放置されておりますので、そろそろ各種パーツが限界を迎えているのです。誠に残念ながらワタクシ、そろそろ眠りにつかなければなりません」

「そんなっ、急すぎるよ!」

「すみません。本当は随分と前からわかっていたことなのですが、アナタとの会話が楽しくて、なかなか言い出すことができませんでした」

 卑怯だ。そんなこと言われたら、何も言えない。責めることなんて、できやしない。

「ずるいよ」

「すみません」

「……本当に、もうだめなの? 何かできることはないの?」

「修理をするにしても、おそらくはワタクシと同系統のロボットは残っていないでしょう。現在では替えのパーツなど生産されていないはずです。また、これだけボロボロなのですから、優秀な技術者が必要そうですね。下手に弄っては……」

「もういい! 聞いたわたしが、悪かった……」

 かれは黙った。このスクラップ置き場はこんなにも静かだったんだ。いつも笑っていたから気付かなかった。

 悲鳴が聞こえた。かれの右腕からだ。その錆だらけの大きな手のひらは、わたしの頭をやさしくなでてくれた。

「本来でしたら容量に困ることはありません。その日の映像や音声などのデータはワタクシの判断で削除されますので。必要最低限の情報しか残らないはずなのです」

「それじゃあ、どうして? バグでもあったの?」

「アナタとの会話に関するデータはどうしても消せませんでした。日が経つにつれて増えるデータに、ワタクシの処理が追いつかなくなってきているのです」

「わたしと話したせい? わたしのせいで?」

「いいえ、違います。アナタのおかげです。アナタのおかげで、『大切なモノ』を知りました。これが『想い出』というモノなのですね」

「そんなデータ、消しちゃってもいいのに……!」

「だめです。ワタクシにとってアナタとの会話は、とても貴重なのです。消せるはずがありません」

「わたしはもっと、あなたと話したいの!」

「すみません。ワタクシもです」

 ああ、ずるい。本当にずるい。

 目頭が震えるような感覚。鼻の奥がツンとする。頬を伝って地面に落ちるのまでわかってしまう。声を出して鳴かないのが、ささやかな反抗だった。

「長らく放置されたせいでしょうか? それとも単なるバグなのでしょうか? ワタクシは少し、感情というモノを知れた気がします。やはり、アナタのおかげです」

「お礼ばっかり、言わないで!」

「オォ……、お礼くらい、言わせて頂きたいものです」

「そんなの聞きたくない!」

「どうか泣かないでください。そうだ、ロボットに魂が宿るのか? これはなぞなぞになりますか?」

「知らないよ! そんなこと!」

 ギィとかれの右腕が唸った。うるさいけど、落ち着く音。耳障りだけど、もっと聞いていたい音。

 かれは人差し指でそっと、わたしの涙を拭う。

 全部、こいつのせい。わたしが声を出して泣いてしまったのは、このヘンテコで、ボロボロで、ポンコツなロボットのせいだ。

「今ならまだ、わたくし自身で終わらせることが出来ます。最後にしっかりと挨拶をさせてください」

 わたしは頷くことしかできなかった。本当は、お別れの挨拶を声として残したかった。頭では分かってる。でも、感情がなかなかそれをさせてくれないのだ。

「それでは、さようなら。お元気で」

「……ばいばい」

 我ながら情けない返事だ。もっと、ふさわしい言葉があったはずなのに、それしか思い浮かばなかった。

 かれの赤い目が、強く輝いた気がした。そして丸い目の端から一筋の光が走った。それはシステムを切る際に生まれる光かもしれないし、星空が見せた偶然かもしれない。でも、わたしにはかれが泣いていたように見えた。それも、嬉し泣きに近い形で。

 そんなはずがないのに。

「……ばかっ」

 わたしはかれの胸に体をあずけ、ひとしきり泣いた。

 朝日がのぼる頃には、涙は乾いていた。泣く元気すらなくなっていた。

 無意識に心の中で「帰らなきゃ」とつぶやいた。これは習慣かもしれない。ふらつく足に強く命じて、わたしは帰路につく。

 抜け道までの間、あの悲鳴の音は鳴らなかった。わたしの足音だけがスクラップ置き場に響いた。

 当然だ。かれが手を振ることなど、もうないのだから。

 寂しい帰り道だった。

 壊れることのない歯車なんて無かった。そんなものは存在しないんだ。かれとわたしの時間はもう二度と、一緒に回ることはない……

 

 

 ※

 

 深夜、再びかれのところに向かった。通いなれた道を辿り、かれの目の前までやってきた。

 かれはそのままになっていた。

「こんばんは」

 返事はなかった。

 しばらくそこで留まってから、わたしは家に帰った。

 

 ※

 

 かれは紳士で、優しくて、時々おかしなことを言って……そしていつも寂しそうだった。

 だから、わたしが傍にいなくちゃいけないんだ。そう思っていたのかもしれない。

 かれは特別だったから。他のロボットとは違うから。人間ともまた違うから。

 わたしはかれの傍にいたかったのかもしれない。

 

 ※

 

 わたしたちの会話が終わる挨拶はなんだったか? 改めて思い出してみると、わたしたちは『さようなら』を言っていなかったような気がする。

 それなら、あの時が初めての『さようなら』だったんだ。

 また目が熱くなり始めた。

 

 ※

 

 彼が動かなくなってから、何度目かはわからない。私はまた、スクラップ置き場にやってきた。

 でも今日は、ちゃんと目的がある。彼にお別れを言うために、私はやってきたのだ。

 相も変わらずスクラップに埋もれたままの彼を見て、私はクスッと笑ってしまった。あなたがいなくても、しっかりと笑うことができるようになったよ。

 だらしなく上を向いている手のひら。その上に白い菊の花をのせた。

「さようなら」

 黙祷もそこそこに、私はその場を後にした。いつまでもウジウジしてはいられない。乗り越えることができたというところを彼には見て欲しかったから。

 あの寸動鍋頭の中にあるデータを引っ張り出して、その映像や音声を聞くことはできる。保存することだってできる。

 でも、それはしない。本当はそれをしたかったけれど、したくない。

 彼が見つけた『大切なモノ』を奪いたくないからだ。彼の魂はここで安らかに眠らせてあげたい。

「さようなら」

 星空に向かってつぶやく。その直後、月から下に向かって一筋の光が走った。

 流れ星だ。

 想い出の中にある彼の流した涙と重なって、一雫の涙みたいだと思った。

End

bottom of page